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ポスト団塊ジュニア考

世代の定義について
CHAPTER02. 新しい家族像
■ 何でもアリの家族

彼らの結婚意向、ファミリー形成意向は前の世代に比べて低くない。晩婚化による初婚年齢の上昇傾向はあるものの、彼らは結婚し家庭を持ち家族と共に生きていく人生を夢見ている。しかし、ポスト団塊ジュニアが作る家族は、従来の家族像-例えば団塊世代が夢見たような家族像-とはだいぶ様子が異なっている。

団塊世代が夢見た家族像には、郊外の庭付き一戸建てに住み、一流企業に勤めるサラリーマン夫と家庭でそれを支える専業(またはパート)主婦の妻、父親と同じコースに乗るべく一流大学へ進む子供、という理想モデルが存在していた。家族関係には男は外・女は中という古い家父長制の名残が残り、一定年齢に達した女性は結婚して家庭に入るほか人生の選択肢はなく、離婚は経済的にも社会的にも人生の破綻を意味していた。

ポスト団塊ジュニアにおいては、もはや「普通」や「標準」の家族は、1つの選択肢でしかなくなった。高学歴化した女性は社会において男性と対等に働き・稼ぐことも可能になったし、性規範の変化は、妻にとって夫は過去の性的パートナー達の1人でしかなくなった。

ポスト団塊ジュニアの意識の中では、自らがそうなるかどうかは別として、事実婚も、DINKSも、専業主婦(主夫)も、シングルマザー(ファーザー)も、同性婚も、どんな形態の夫婦・家族でもあり、当人どおしの合意があり誰にも迷惑をかけないのなら何でもありである。結婚という制度自体は、貝殻化したのである。

■ 関係性こそが家族の目的

夫婦・家族という制度から、生殖、社会的信用、経済的保障などの社会的、合理的な機能が喪失して、「愛する人と共に生きる場」「一番の理解者と暮らす場所」「価値観を共有するパートナーと暮らす場」などの意見に表れているように、情緒的な関係性こそが家族の目的と呼べるような状況が、ポスト団塊ジュニアに特有にみられるようになった。「あなたと暮らす理由は、あなたと暮らしたいと思う気持ち以外にはない」という関係である。このような関係性を、イギリスの社会学者A・ギデンズは「純粋な関係性」と呼ぶ。

さらに、ポスト団塊ジュニアでは、「自分らしさのより所」「心の安らぎや安心を得る場」「自分をそのまま受け入れてもらえる場」のような意見も際だって高く、家族という関係性にリアリティの感じられるアイデンティを見いだそうとしている姿がうかがえる。すべてが流動化していく後期近代において、浮遊するアイデンティを固定化させる場としてあえて選び取った関係性、それが「家族」である。

■ 強くて脆い家族の絆

しかし、社会的合理的な機能や制約が失われた分、家族の絆は移ろいやすく壊れやすい。互いを求める強い気持ちだけで繋がる関係なので、気持ちが冷めたら関係を続ける理由がなくなる。強い家族志向と高い離婚率が矛盾なく共存するのはそのためである。

家族の関係性は雑に扱うと壊れやすいものであることを、ポスト団塊ジュニアは認識している。「家族とは大切なものとして、努力して自ら守っていくもの」という見方に対する強い賛成意見は4割を超え、団塊ジュニア世代以上との間に有意な差がみられる。

■ ちゃんと家族する家族

そのため、彼らは家族の絆の確認に敏感である。これは団塊ジュニアを境にそれより若い家族の特徴であるが、日常の会話や食事のほか、クリスマスやバレンタインデー、誕生日、記念日などの家族イベントをとても積極的に行っている。携帯電話やメールでの連絡も非常に活発だ。明らかにコミュニケーションの重要性を認識しており、かつ意識的に実践していると思われる。

その他、団塊ジュニア以下では-多少の年齢効果はあるだろうが-家事協力や悩みの相談の実施率も、団塊ジュニア以上の世代に比べて大きく跳ね上がっている。団塊ジュニア以下、特にポスト団塊ジュニアの家庭では、「ちゃんと家族する家族」という表現がぴったりくる。

ポスト団塊ジュニアは、リアリティのある社会規範がなくなった時代に、家族との絆の中に、自己のアイデンティを見いだそうとしている。しかし、その関係性には社会的・合理的な機能・目的はなく、結婚さえすればオートマチックに家族になれるわけではない。家族の絆は、互いのコミュニケーションによってのみ確認でき、宣言し、更新していくことでしか続いていかない、永遠に、絶えず相互作用を発生させ続ける関係なのである。

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