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ポスト団塊ジュニア考

世代の定義について
CHAPTER01. 生活価値観
■ 前提としての豊かさ

豊かな時代に生まれ育ったポスト団塊ジュニアは、その豊かさを放棄することは考えていない。生活の価値観として「今よりも生活水準を落としたくない」や、幸福の条件として「豊かな消費(欲しい物が買える)」を肯定する割合は上の年代よりも高い。

しかし、その一方で、「経済的な豊かさと自分の幸福は一致しない」という意見も団塊ジュニア以降、特にY世代では多くなっていて、「豊かさ」が必要条件であるが十分条件ではない、与件であって目的ではないことがわかる。

■ 努力を諦めていない

「希望格差社会」では、市場原理による職業生活の不確実性が若者の希望を奪い、非社会的な生き方に走るという論理展開がされている。ところが今回の調査結果を見る限りは、ポスト団塊ジュニアが不確実性の高い社会に対して希望を失っているという傾向は見あたらない。例えば「努力を惜しまないで頑張れば、今よりも豊かな暮らしが実現できる」や「世の中、努力次第で成功するチャンスが転がっている」と、努力が報われるとする考え方に賛成するのはポスト団塊ジュニア、中でもY世代であり、40代以上のほうがむしろ否定的な考えを持っている。

「能力や努力の結果、格差が広がるのは悪いことではない」という格差是認についても、ポスト団塊ジュニアでは比較的肯定する割合が高く、すぐ上の団塊ジュニア以上との断層がみられる。

一時点の調査なので、この結果を10年前、20年前の若者と比較することはできないが、時代背景や経済環境がまったく異なる過去との比較は、本質的には意味がない。それよりも、いま・この時点で、希望を失っているのはむしろミドル以上の以世代であるということのほうが、実は重要な指摘になると思われる。

データが示している限りで言えば、「若者が希望をなくしている社会」ではなく、「年齢を重ねキャリアを重ねるに従って希望を失っていく社会」というほうが正しい記述なのである。

■ 職業観

ポスト団塊ジュニアの職業観の特徴として、仕事に個性の発揮を求める傾向をあげることができる。「収入が低くても、自分の個性や特技を生かせる仕事がしたい」という意見や、幸福の条件として「仕事での個性や能力の発揮」をあげる割合はポスト団塊ジュニア-その中ではY世代>真性団塊ジュニアの順-で強く、団塊ジュニア世代以上との間に断層がある。

フリーター亡国論を展開する論者の特徴として、若者の「やりたい仕事探し」を問題視する向きがある。曰く、「とりあえず働かなければ、やりたい仕事など見つからない」。その観点でみれば、確かに、ポスト団塊ジュニアが「やりたい仕事」を見つけられずフリーター化する可能性はある。がしかし、採用選考時に「あなたは何がやりたいんだ?」と問い続けているのは企業であり、また「多様な働き方・多様な雇用形態」を建前に、人件費の安い非正社員(フリーター)への依存度を高めているのもまた企業である。若年層の正社員志向が高いことは、公的私的に関わらず各種の調査(例えば国民生活白書H15)で裏付けられている。

■ 何より優先する家族

ポスト団塊ジュニアの職業上の意欲や豊かさを求める意識は、データ上は少なくとも上の年齢層に比べて積極的なものであるが、実際の印象とギャップがあるかもしれない。そうした印象は、そうは言っても彼らが、仕事や会社にすべてをかけていない(バルブ崩壊、その後の失われた10年を通して、努力が報われない‘かもしれない’こと、夢は叶わぬ‘かもしれない’ことを知っている)からであり、彼らにはそれよりも優先するものがあるからである。

団塊ジュニア、ポスト団塊ジュニアにとって、何よりも重要視されるもの、それは家族との繋がりである。彼らは「仕事で成功しても、家族との時間がとれないようでは意味がない」と強く思っているし、「家族を置いて単身赴任になるくらいなら転職を考える」割合も半数近くに達する。独身者では、家族に加えて友人や恋人との繋がりを幸福の条件としてあげており、広く言えば、自分をとりまく親密な人間関係の重視こそが彼らの生活価値の第一条件なのである。Y世代においては「職場の同僚と仕事以外でも仲良くつき合いたい」という意見も6割に達する。

■ あえて選んだ家族

しかし、ここで思い出してもらいたいのは、彼らが思春期を生きた時代を振り返ると、家族は必ずしもユートピアではなかったという事実だ。バブル→バブル崩壊を経て、親の嘘(「努力すれば報われる」という規範)は暴かれ、ネットと携帯で個人が家族から切り離された時代であった。友人関係もまた、いじめが激化(94年)しているように、重苦しい同調圧力としてのしかかってきた時代だったのだ。

それでも彼らは、唯一信じられるリアリティとして、あえて家族や友人を選び取ったのだ。

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