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住宅長寿命化大作戦

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前口上

待っていた/待っていなかった
そう、こんな商品を待っていた。−わたしたちのライフスタイルを一新してしまうような新商品は、そのような軽い既視感に近い感覚を伴って現れることが多い。最近ではアップル社のiPodやGoogle社の各種サービスは好例だろう。
しかしながら、ほとんどの場合わたしたちは、そのような商品を自覚的に待ち望んでいたわけではない。それがなかった時代、だからといって何か深刻な不幸せがあったわけでもなく、何か埋めがたい欠落を感じていたわけでもなく、それがない日常は当たり前だった。時々ざらついた違和感を覚えることはあっても、忙しい毎日の暮らしの中で、立ち止まってその原因や解決策を考えることはない。
それでもなお、そのような画期的な新商品に出会ったとき、わたしたちは「そう、こんな商品を待っていた」と感じる。待ってはいなかったはずなのに、待っていたと感じる。新商品の便益が大きければ大きいほど、待っていた実感は強いだろう。同時にわたしたちは、「どうして今までなかったのだろう」と、これまで自分が無自覚に何かをあきらめていたことを知る。


住宅長の寿命化というアイデア
住宅を長寿命化させるというアイデアは、わたしたち日本人にとって、「待ってはいなかったのに、待っていた」アイデアである。
もちろん、日本の住宅の寿命が欧米諸国に比べて半分以下の短さ であることは、専門家の間ではかねてから問題視されていたことである。行政(旧建設省)も、昭和55年度からの住機能高度化推進プロジェクトの一環として、センチュリーハウジングシステム(CIS)を推進したという経緯もある。わたしたち一般の消費者の中にも「待っていた」とおぼしき感覚を認めることはできる。例えば、海外旅行でヨーロッパの都市を訪れた日本人旅行者は、中世の建物が残る街並みの美しさに感動し、同時に無軌道にスクラップアンドビルドを繰り返す日本の街並みを嘆く。あるいはまた、長年にわたるローンと引き替えに手に入れたマイホームが、わずか数十年の時間の経過で二束三文になってしまう、既存住宅の査定基準に対する不満も小さくはなかった。
しかし、これまで、わたしたちは工務店やハウスメーカーに200年持つ家を建ててくれと依頼したことはなかったし、例えその物件がいかに素晴らしいコンディションであったとしても、築30年の既存住宅に対して、新築と同等の価格で仲介業者にオファーしたこともなかった。1989年に始まったセンチュリーハウジングシステム(CHS)は、その技術的先進性にもかかわらず、世に根付くことはなかった。社団法人住宅生産団体連合会が2009年1月に発表した「住宅の長寿命化に係わるアンケート結果報告」 で、住宅の寿命として望ましい年数をきいた質問では、回答の40%は「50年程度」に集中している。このアンケートは、ジャパンホーム&ビルディングショーの会場に設営した、「住宅の長寿命化ってなあに?」と大きく書かれたブースに来た人を対象に実施したものなので、回答者はおそらく業界関係者が多く、しかも「長寿命化」に対してある程度の関心を持っていたと思われる。その結果が「50年程度」なのだから、一般消費者の意識は推して知るべしであろう。日経ホームビルダーが実施した調査 では、3年以内に戸建て注文住宅を新築した人が想定している住宅の寿命は、「30年」という回答が最多で、回答の半数は30年以下となっている。
やはり、わたしたちは長寿命な住宅を「待っていなかった」と言わざるを得ない。わたしたちは、約30年のサイクルで建て替えをすることが当たり前になっているシステムを、日本は地震が多いから、湿気が多いから、木造だからなど、もっともらしい理屈をつけ自分自身を納得させてきた。住宅をとりまく大きなシステムの中で、家とはそんなものだと、生涯収入の多くを一世代限りの住宅に注ぎ込んできたのである。


ドイツのアパートオーナーの話
住宅産業の中には一部、−少数派であると思うが−、建物が長持ちするようになったら、建て替え需要が減り市場が縮小するから困るという考えを持つ人もいることは、残念ながら事実だ。このような声を聞くたびに、以前ドイツで取材したあるアパートの経営者の話を思い出す。
ドイツ南部の都市カールスルーエで、住宅の環境対策を取材していたときの話である。築100年を超える4階建てのアパートを経営する、教職をリタイヤした60代後半の主人は、最近、省エネルギー性能を向上させるために大がかりな改修工事を行った。通りに面した面は保存対象のため手が入れられないが、建物の裏側の外壁に厚さ8〜14センチのポリスチレン系の断熱材を外貼りし、ボイラーも交換し、窓・サッシュ、ドアも断熱性能が高いものに交換するなど、建物の大きさからすれば相当のコストがかかったとことは容易に想像がついた。「ずいぶんコストがかかったはずだが、家賃に転嫁できるのか?」と尋ねたところ、ドイツでは家賃は地域でコントロールされているからほとんど上げられないという。しかし、続けて彼が言ったことが衝撃的だった。「光熱費は大家負担だから、30年くらいで元が取れるよ」−一瞬、聞き間違ったのかと思い30年?と聞き返したほどだ。
彼はそのアパートを父親から相続で引き継いだという。今回の改修投資の果実を真に享受するのは、おそらく彼から相続する次の世代かもしれない。彼からアパートを引き継ぐ次のオーナーは、また次の時代の要請に応じて改修投資を行うことだろう。そうしてこの古いアパートは、内部空間は現代的な快適性を備えつつも、外観はますます古い味わいを増し、通りの顔として街並みを彩ることになるのだろう。


大作戦
これまでは−少なくとも1980年代までは−スクラップアンドビルドを繰り返す新築住宅市場には、国全体でみた場合に一定の合理性があった。新築フローで直接的に住宅産業は潤い、また住宅新築を起点とした幅広い需要がGDPを押し上げる効果で、その利益は広く国民に還元された。消費者にしてみても、経済成長による地価と所得の上昇によって、新築時に組んだ住宅ローンの負担が相対的に軽減されていた面もあっただろう。
しかし、低成長な成熟社会と環境問題の深刻化を前提として未来を見通すなら、そのようなスクラップアンドビルドによって成り立つ社会システムが、それこそ耐用年数切れ・消費期限切れになっていることは明らかである。伸びない所得の中で住宅ローンは家計のキャッシュフローを圧迫し 、長期的に下落傾向にある地価と築年数による建物価格の減価で、住宅ローンをかかえる家計のバランスシートは債務超過 に陥っている。環境意識の高い子供達は、自分の家と熱帯雨林の減少が繋がっていることを知り、その小さい心を痛めるだろう。それが適正な価格で提供されるのであればという保留はつくものの、住宅の長寿命化は、わたしたち消費者の誰もが反対するところがないアイデアだ。実現すれば、わたしたちの生活設計の根幹を大きく変えるビッグアイデアである。それが手に入った後には、わたしたちは「どうして今までなかったのだろう」と思うことだろう。
もっとも、わたしたちの「住生活」のまわりに張り巡らされたシステムは、戦後昭和の経済成長期を根幹で支えてきたという強い自負を持っている。みな頭ではストック型社会への転換、住宅を長寿命化させることの重要性を認識しつつも、わたしたち消費者は自分の家は新築のほうが気持ちいいと感じるし、住宅産業は“我が社”の業績が昨年実績を下回ることは悪だし、マスコミは新設住宅着工戸数の減少をバッドニュースとして配信する。システムはその大きな慣性の力で、現在そして未来の、わたしたちの暮らしと地球環境を脅かしかねない危機となっている。

先頃、作家村上春樹が、エルサレム賞受賞にあたって行ったスピーチが話題になった。村上氏は、そこで、システムについて以下のように述べている。
「システム」がわれわれを食い物にすることを許してはいけません。「システム」に自己増殖を許してはなりません。「システム」が私たちをつくったのではなく、私たちが「システム」をつくったのです。(47NEWS訳)

システムを変える時である。住宅の長寿命化というアイデアは、わが国の住システムを、産業中心から生活者中心へと変えるコペルニクス的転回である。システムはあまりに高く堅い。やり遂げるには大作戦が必要である。
少々前置きが長くなってしまったが、以上が、今回われわれリクルート住宅総研が、住宅の長寿命化を研究テーマに選び、本報告書のタイトルを「大作戦」とした偽らざる想いである。
戦後の住宅難の時代に、住む家を失った国民に雨露をしのぐ家を与えて人間らしい暮らしをさせたいと懸命に努力してきた、いわば第一世代の住宅政策と産業を、今から遡って否定することはできない。また、わが国の経済成長の刺激剤として住宅投資が重視された時代を、今、豊かになった社会を享受しながら否定することもフェアではない。しかしながら、そのような先人の努力の末に、十分に活用できるストックが行き割った時代に生きるわたしたちが、これまでのように、景気対策の道具として、あるいは特定業界の存続・繁栄のために、住宅を考えることは無責任というものだ。
住宅の長寿命化を希求することは、どんなにその理念を美化しようとも、ありていに言えば、新築産業にアポトーシス を求めるようなものである。われわれリクルートも住宅産業の末席で、長年新築産業からの広告収入に多くを依存して事業を継続してきた立場にいながら、不謹慎にもそういうもの、すなわち新築産業のアポトーシスを真っ正面から求めていくという立場をいくぶんでも自ら正当化しうるのは、未来への責任というべき心情である。





1.本プロジェクトの目的

 本報告書は、リクルート住宅総研が、消費者の視点で住宅の長寿命化の実現を検討するものである。もちろん、検討にあたっては、2009年6月4日に施行される「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」を念頭に置くものではあるが、長期優良住宅の認定基準案の妥当性を議論しようというものではない。普及促進策の有効性については多少の関わりを持つが、研究の主眼がそこにあるわけではない。むしろ、われわれの研究の眼差しは、長期優良住宅がカバーしきれなかった領域に向けられている。
 住宅の長寿命化は、単に建物の性能だけの問題ではない。建物の性能は、大きなシステムの一番上に象徴的に顔を出しているにすぎないものだ。平均30年で建て替えられている日本の住宅は、ハードウエアの物理的な寿命を全うして取り壊されているわけではないことは、多くの先行研究による指摘 が共通するところである。そこでは、住宅の短寿命の要因として、大雑把に分けても、建物の維持や改修に関わる問題、既存住宅流通市場の問題、関連して住宅金融の問題、住宅に係わる現行法律の問題など、幅広い問題が指摘される。そして、それらはすべて独立した要因ではなく、「鶏と卵のような関係」と言われるように、複雑な相互依存の環を形成している。そのとらえどころのなさが、まさにシステムのシステムたる所以である。
 「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」で認定される長期優良住宅は、「200年住宅ビジョン」で「いいものをつくって、きちんと手入れして、長く大切に使う」という、“いいもの”を具現化したものである。しかし、国土交通省も「制度開始2〜3年後に新築住宅の10%程度を見込んでいる 」と控え目に言うように、日本の住宅を長寿命化させるという構想に対しては、先導的にその一部を担うものでしかない。長期優良と認定された住宅だけが長寿命になって、それ以外の住宅は相変わらず短寿命なのではストック型社会の理想像からは遠すぎる。長期優良と認定された住宅がどれだけ普及しようとも、それだけで長寿命化が約束されるものでもないという点においても、長期優良住宅は長寿命化の象徴的な手段であって、その普及自体が最終目的とならないことは明らかである。
 我が国の住宅を長寿命化させるためには、住宅のハードウエアが優れているだけでは不十分であることは前述した通りである。前段ではその広範囲で複雑な要因をシステムと呼んだ。それでは、現在の短寿命システムを解体し、住宅の長寿命化を実現するためには、システムにはどのような要件が必要かと言えば、これまで多くの指摘はなされているが、その優先度は実ははっきりしていない。
 それを、消費者の視点で洗い出してみようというのが、本プロジェクトの問題意識であり目的である。住宅の長寿命化によるストック型社会の実現方法について、業界、行政、学会、メディアなど、今後も様々な場で議論が重ねられていくことだろう。そのような場に、住宅の長寿命化に関わる消費者の現実と課題を提供するのが本プロジェクトの意義と考えている。

2.消費者視点という立ち位置

 住宅の長寿命化・ストック型社会を実現するために、先行的に大前提となるのは、既存住宅の流通活性化であることは、昨年(2008年)発表した『既存住宅流通活性化プロジェクト・既存住宅再考』で、われわれリクルート住宅総研の基本的な考えは提示したつもりである。
 それを200年住宅と呼ぶにせよ、長期優良住宅と呼ぶにせよ、その住宅を30年後、50年後、あるいは100年後にも手に入れて住みたい思う需要を生み出すことができなければ、その高耐久で可変性の高いハードウエアはまったく無用の長物になる。ところが、先の報告書でも指摘したとおり、日本の消費者は、他人の居住の痕跡には潔癖だが自分の居住による劣化には寛容という、いびつな特徴を持っている。それがストックの劣化、特に美観上の劣化を早め、流通市場で既存住宅が忌避され、新築住宅を志向する悪循環の根源となっているのである。われわれはそうした消費者の実態を踏まえ、既存流通市場の阻害要因の核心は消費者の矛盾であり、その矛盾を市場で解決しストックの魅力を再生する手法として、リノベーションが流通市場活性化の鍵であると提案した。
 誰もが指摘するように、長期優良住宅がハードウエアにどんなに最新のテクノロジーを盛り込んでも、それが経年劣化してしまうことは避けられない。メンテナンスフリーで新築同様の状態を維持することは不可能である。例えば、社団法人住宅生産団体連合会の住宅の長寿命化に関する検討会が発表した『長寿命な住宅に関する検討業務・報告書 住宅の長寿命化(200年もたせる住宅)を実現するための提言』−おそらく最も広範にこの問題を検討し提言したものである−は、「長寿命化のための基本戦略」として、「200年もつ住宅でなく、200年“もたせる”住宅」というキーコンセプトをあげる。そこでは、長寿命化に向けて直接的効果をうむ当面の政策として、@第三者性の高い住宅評価システム、A家歴書及び定期点検・メンテナンス、B定期借家権を活用したスケルトン賃貸方式、C住宅価値をベースにした住宅金融、D長寿命化に整合した税体系による既存住宅市場の拡大が提案されるが、構想の成立条件として何十年経っても住宅の性能が適切に維持されていることが必要であり、提案の根幹をなすのは、 ストック(インフィル)の性能・品質を長期間にわたって維持するための、20年×10回の点検維持補修システムと言えるであろう。
 しかし、供給会社による維持管理のサポートプログラムがいかに充実したものであろうと、供給会社が今後何十年も存続しているという保証はない。長寿命化住宅を構想する場合、住宅のほうが企業より長生きであることを前提としなければならないのである。もし仮に、供給企業が幸運にも長寿命で、半永久的なメンテナンスプログラムを提供できたとしても、どんなに維持管理、更新、改修が容易な建物であったとしても、それを実行するかしないかは、住まい手(賃貸住宅の場合は所有者)に委ねられている。もっとも、車検制度のような公的な強制力を持った建物検査制度を作るのなら別だが、それとて必要最低限の性能を担保するもの以上にはなるまい。
 住宅を長寿命化してストック社会を実現するためには、結局のところ、最も根源的なところでは住まい手の意識や行動の変革が求められる。30年、50年、100年と築年数が経過しても魅力が落ちない、いやむしろ築年数の経過によって魅力が向上するようなストックの蓄積は、いかにして構想可能か。その最も近道は、やはり消費者の視点に立つことであると考える。
 住宅の長寿命化を実現するためには、消費者が築年数の古い住宅を仕方なく選ぶのでなく、喜んで選べるような市場を作らなければならない。本来なら建て替えるべきストックが建て替えられないのは−結果的に消極的な意味で長寿命になってはいるが−、往々にして経済的な制約によるところが大きい。つまり、消極的な長寿命化は、“仕方ない状況”が改善されれば途端にスクラップアンドビルドされる運命にある。そのように考えを巡らせると、古い住宅を所有し維持管理をしていく、その“喜び”をいかにして作り出すかが、この問題の核心であると、われわれリクルート住宅総研は考えた。

3.本プロジェクトのアプローチ

 消費者視点に立つとは言ったものの、いや、むしろそう言ったせいで、本プロジェクトの検討作業はたちまち困難に直面する。なぜなら、すでに述べたように、消費者は長寿命な住宅を「待っていない」からである。先行する消費者調査 の結果でも明らかであるが、住宅の購入者にとっては、建物の耐久性や可変性などよりも、価格と広さ、駅距離、間取り、設備の充実などの条件のほうがはるかに重要な問題なのである。アンケート調査で提示すれば、「長寿命な住宅がよい」と回答することは容易に想像できるが、果たしてそれが実際の家選びの時に、どれほど重みを持っているか、その現実味についてははなはだ疑わしい。本プロジェクトの過程で、現在住宅購入を検討中の消費者12名にインタビューもしたのだが、そこで得られた証言は、そのような不安を裏付けるものであった。それをニーズと呼ぼうがウォンツと呼ぼうが言葉遊びは勝手だが、消費者の中に存在しない意見を検出する調査方法はない。
 そこで、今回の研究プロジェクトにおいては、参考とすべき事例を海外にもとめることとした。今から50年後、100年後の市場は、いかに解像度の高い未来望遠鏡を持ってしても見通すことはできない。「普遍性」という形而上学においては未来学よりも歴史のほうが有用である。欧米、特にヨーロッパでは、築100年の住宅が、なぜ現代でも受け入れられているのか。100年以上住み継がれる住宅が有している魅力と課題を明らかにすることが、わたしたち日本人が、今後100年以上住み継がれる住宅を構想する際のベンチマークになると考えた。
 ベンチマーク先として、われわれが注目したのが英国である。英国では1948年以前に建てられたストックが、イングランド全国の住宅ストック約2160万戸のうち38.3%、ロンドンでは実に56.3%を占め 、住宅の寿命を示す指標として用いられる滅失住宅の平均築後年数は77年、ストック数をフロー数で除した指標でみれば実に141年と、他の欧米諸国をもはるかに上回っている。長期優良住宅の認定基準の中に組み込まれた「住宅履歴情報」は、その検討当初から、英国のHIP(Home Information Pack)を参照して提案されているなど、今回の政策にも影響を与えている。
 ところで、ヨーロッパの住宅が長持ちだというと、ヨーロッパは石造りだから、地震がないから、湿度が低いからと、気候風土など建築が置かれた条件の違いをあげて、その比較が無意味であることを指摘される方もいるかもしれない。
 今回ベンチマークに選んだ英国ロンドンでは、1666年のロンドン大火を機に、住宅はすべて煉瓦か石で作ることと定められ木造住宅は禁止された。しかし、郊外へ行くとまだ木造住宅(木骨造り)も残っており、実際にわれわれも築300年ほどの木造住宅を訪問した。船の材料だったというオークの梁を持つその家は、日本で言うと古民家の部類だが、オーナーは、かつては傾きかけていたその住宅を修復し、心地よいサンルームを増築するなどして今でも大切に手をかけて住んでいた。木造建築本来の耐久性を示すためには、法隆寺まで持ち出さなくとも。今でも日本各地に残る子民家の例をあげるだけで十分だろう。また、湿度に関しては、実は誤解がある。ロンドンと東京の月別平均湿度を比べると、夏場6〜8月はほぼ同程度であるものの、その他の季節は一貫してロンドンのほうが湿度は高い。特に冬場のロンドンの湿度は平均で80%近くになり50%程度の東京よりも高いのである 。さらに室内は真冬でも快適な温度に保たれているため、結露が発生しやすい。ロンドンで取材した一般家庭では、住宅検査ではカビや腐食を特にチェックするという話を聞いた。 ヨーロッパに大きな地震がないというのはその通りだが、少なくとも東京では関東大震災以来、80年以上大地震は起きていない。不幸にも大震災に遭われた地域を除き、地震によって倒壊した住宅数とその他の理由で人為的に建て替え られた住宅数のどちらが多いのかは、統計を持ち出して比較するまでもないだろう。
 たとえ気候風土条件の違いを認めたとしても、100年以上前の英国の建築技術に比べて、現代の日本の住宅建築の技術水準が劣っているとも思えないが、もとよりわれわれはここで、建築技術的な議論をするつもりはない。わが国では築20年でも敬遠されるというのに、なぜ英国では築100年以上の住宅が好まれ、普通に取引され、人々はそれを大切に維持管理しているのか。英国人の住宅に対する行動や意識を参照することで、これまでわたしたちが無自覚にあきらめていたものを明らかにしたいのである。

文:主任研究員 島原万丈

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