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愛ある賃貸住宅を求めて NYC, London, Paris & TOKYO 賃貸住宅生活実態調査

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宝物。あるいは愛着について




 わたしたちは誰でも1つや2つは、自分だけの宝物を持って
いる。
  それは、親から入学祝いにもらった腕時計だったり、恋人か
ら誕生日プレゼントにもらった指輪だったりというのはよく聞
く話だが、宝物はほんとうに人ぞれぞれだ。音楽がネットで配
信されるものになったいまでも、壁一面のLP レコードに囲ま
れて暮らす人もいれば、子供の頃に集めたシールが捨てられな
い大人も知っている。そういえば、人気映画『踊る大捜査線』
の主人公青島刑事は、警察官になったばかりの頃に買った古
ぼけたコートを、後生大事に着ている。
  いま、この地球上には70億人くらいの人間が暮らしていて、
人それぞれの宝物がある。世界中の宝物を全部いっぺんにひ
とところに集めたら、いったいどれくらいの量になるのだろう。
ああ、世界は宝物で溢れてしまいそうだ。
  でももしあなたが、大切にしている宝物を1 つ選んでヤフオ
ク(Yahoo! オークション)に出したとしたら。あなたがどんな
にそれを大切にしてきたか、それがどんなにかけがえのないも
のか、そんなことは関係なく、需要と供給のメカニズムの中で
たちどころに商品として金額に換算されてしまう。よほど希
少性が高いものでもない限り、がっかりするような値段しかつ
くまい。
  わたしたちの宝物なんて、ほとんどの場合他人にとってはさ
して価値のあるものではない。おおかたはどこにでもある量
産品でしょう。中には、どうみてもガラクタにしか見えない宝
物もあるに違いない。それでも、そのことがわたしたちの宝物
の価値をいささかも損なうものではないことを、わたしたちは
知っている。
  宝物の正体は希少性ではない。品物は何でもよいのだ。卒
業の記 念に贈られた時 計が古くなって、新 型の時 計に買い
換えたとしても、古い時計が宝物の座を譲り渡すことはない。
極端な話、あなたが大切にしている恋人からもらった指輪は、
ティファニーの品でもコーンキャンディのおまけでも、本来ど
ちらでもいいはずなのだ。大切なのは、どこにでもある大量生
産品のうちの 1 つが、何か別の品物でもあり得たはずの 1 つが、
何の因果か世界をめぐりめぐってあなたの手元に届く。その
奇跡を演出してくれた文脈が、その品物を宝物に変えてくれ
るのである。
  わたしたちが、時にガラクタのようなモノをいつまでも捨て
られないのは、それを手に入れた文脈の記憶をいつまでも捨て
られず大切にしているからだ。折に触れて取り出し眺めるこ
とによって繰り返し蘇る、宝物にまつわる過去の経験の記憶。
その時心にわき上がる情緒。わたしたちが大切にしているのは、
その堆積物だ。
  それはきっと愛着と呼んだほうが分かりやすいが、わたした
ちとそのモノとの関係性こそが、わたしたちの宝物の正体なの
である。
  『星の王子さま』という邦題で古くから親しまれてきた、サ
ン・テグジュペリの『LE PETIT PRINCE(ちいさな王子)』は、
そんな宝物の正体を教えてくれるちいさな物語だ。
  主人公の王子は、膝の高さしかない小さい 3 つの火山と、バ
オバブの種と、1輪のバラの花があるだけの小さな星から、地
球へやってくる。王子は、自分の星にいる時に、どこからとも
なく飛んできて美しく咲いたバラを、この世でたった 1 つしか
ない特別な花だと思い大切に世話をしていたが、地球で 5 千
本ものバラが咲き誇る庭で、自分のバラがごくありふれたもの
だと知り、落胆のあまり泣いてしまう。
  そこへキツネが現れ、王子は寂しさを紛らわすためにキツネ
と友達になろうとするが、キツネは「まだなつかせてもらって
ないから」遊べないという。「なつかせるってどういう意味な
の?」と聞く王子にキツネの話が始まる。

「それはね、つい忘れられがちなことなんだよ。『きずなを作
る』という意味なんだ」
「きずなを作る?」
「そうだとも。ぼくにとってきみはまだ、たくさんいるほか
の男の子たちと同じ、ただの男の子でしかない。ぼくにとっ
ては、きみがいなくたってかまわないし、きみだって、ぼくな
んかいなくてもいいだろ。きみにとってぼくは、ほかのたく
さんいるキツネと同じ、ただのキツネでしかない。でも、も
しきみがぼくをなつかせてくれるなら、ぼくらはお互いが必
要になる。きみはぼくにとって、この世でたった一人のひと
になるし、きみにとってぼくは、この世でたった一匹のキツ
ネになるんだよ……」
「だんだんわかってきた」とちいさな王子はいった。


サン=テグジュペリ、野崎歓・訳
『ちいさな王子』(光文社)より引用




責任。あるいは目には見えない大切なことについて




 賃貸住宅は、入居者がそこで暮らすことによって、初めて本
当の意味で賃貸住宅となる。建てただけではまだ賃貸用住宅
にすぎない。
  一般的な例でいうと、家主は土地活用として賃貸住宅の経
営を選択し建物を建設する。土地の活用方法としては、売却
して現金化し運用する、土地のまま誰かに貸す、駐車場にする、
何か商売を始める、農業を続けるなどいくつかの選択肢の中
で賃貸住宅という方法を選び、建物を建て市場で消費者に選
ばれることを待つ。消費者に選ばれるだけでなく、家主はまた、
消費者を選ぶ立場にもある。金さえ払ってくれたら誰でもい
いというわけではない。身元ははっきりしているか、他の住民
とトラブルを起こさないマナーのある人か、などの人格に対す
る条件をつけて入居者を選ぶ。
  賃貸住宅では、消費者もまた選び選ばれる存在である。ま
ず持ち家か賃貸かという選択から始まって、それこそ星の数
ほどある賃貸物件の中から 1 つを選び出す。と同時に、入居
者となる資格があるかどうか家主に審査され、家主に選ばれ
る。家賃が払えるからといって必ずしも入居できるわけでな
く、入居審査という形で住宅に選ばれることで、はじめて入居
者になれる。
  このように、選び選ばれ、選ばれ選ぶ、というプロセスを経て、
家主予備軍は家主に、入居希望者は入居者になれる。冷静に
確率を考えたならば、ある家主とある借り手がいまここで契約
を結んでいることは、奇跡的な偶然であることに気づく。他
でもあり得た無数の可能性の中から、互いに選び選ばれた「き
ずな」が、そこにはあるはずである。
  賃貸住宅はそのようなきずな構造が一定期間継続すること
で成立する、独特の住宅商品である。ビジネスモデルとしては、
同じ住宅の分譲マンションよりもむしろ高級会員制スポーツ
ジムのほうが近い。ロマンティックな表現が許されるなら、恋
愛や結婚という関係が一番近いと考える。この選び/選ばれ
結んだきずな構造は、家主に 1 つの覚悟を要求する。
  賃貸住宅は他ならぬあなたが選んだ選択肢だ。入居者は、
あなたが選んだ建物を選んでくれた希望者の中から、あなたが
選んだ人間だ。自分の子供に対する責任を放棄することがで
きないのと似た理屈で、家主は建物と入居者に対して、長期
間にわたる責任を自覚しなければならない。
1人でも入居者がいる限り、その建物が良好な状態で使え
るよう、入居者が安心して暮らしていけるよう適切な維持管
理を続ける責がある。入居者のお財布だけでなく、あなたが
選んだ彼、彼女の人格をも尊重しなければならない。
賃貸住宅ビジネスは、そういう「きずな」という目に見えな
いものを維持し続けることで継続できる、いわば愛のビジネス
である。

  さて、ついに出発の時が来て、ちいさな王子はキツネのとこ
ろへ別れのあいさつに行く。

「さよなら……」 
「さよなら。じゃあ、秘密を教えてあげよう。とてもかんた
んだよ。心で見なくちゃ、ものはよく見えない。大切なも
のは、目には見えないんだよ」
「大切なものは、目には見えない」ちいさな王子は、忘れな
いようにくりかえした。
「時間をかけて世話したからこそ、きみのバラは特別なバラ
になったんだ」
「時間をかけて世話したからこそ……」ちいさな王子は、忘
れないようにくりかえした。
「人間はこんな大事なことを忘れてしまったんだよ」とキツ
ネはいった。「でも、きみは忘れちゃだめだよ。自分がなつ
かせた相手に対して、きみはいつまでも責任がある。きみ
はきみのバラに責任があるんだよ……」
「ぼくはぼくのバラに責任がある……」ちいさな王子は、忘
れないようにくりかえした。


サン=テグジュペリ、野崎歓・訳
『ちいさな王子』(光文社)より引用

 このちいさな物語をつらぬく「大切なものは、目には見えな
い」というサン・テグジュペリのメッセージは、賃貸住宅ビジネ
スが忘れかけている言葉だ。
そこに愛はあるか。それが本報告書を貫く、賃貸住宅市場
に対するわれわれの問いかけである。




文:主任研究員 島原万丈

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